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渡邊義生 広島文化学園短期大学元学長 偲ぶ会 |
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2011.11.03. |
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平成23年11月3日の文化の日に、広島文化学園広島長束キャンパスにおいて、平成23年8月4日に逝去された渡邊義生広島文化学園短期大学元学長を偲ぶ会を行いました。卒業生や元教職員など160名余りが集い、渡邊先生のご冥福をお祈りしました。
【次第】 大学歌斉唱(歌:山下敬子教授 伴奏:貞廣辰雄教授) 開式の辞 黙祷 追悼の辞 学校法人広島文化学園 海見 俊宏 理事長 広島文化学園短期大学 岡 隆光 学長 カナリヤ会 大上 みき 会長 追悼演奏(演奏:井後勝彦教授 伴奏:貞廣辰雄教授) 献花・焼香 |
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【渡邊義生先生の略歴】 昭和4年11月14日生 昭和30年 3月 広島大学理学部生物学科(生物学専攻)卒業 昭和53年 4月 広島県理科教育センター所長 昭和57年 4月 広島文化女子短期大学 助教授 昭和58年 4月 広島文化女子短期大学 教授 昭和62年 4月 広島文化女子短期大学 学生部長 平成 7年 4月 広島文化女子短期大学 副学長 平成13年 4月 広島文化短期大学 学長 平成15年 3月 広島文化短期大学 退任 |
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| 大学歌斉唱 | 黙祷 | 追悼の辞 |
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| 追悼演奏 | 献花 | 写真パネルの展示/td> |
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| 写真パネルを見ながら | 卒業アルバムをめくり | 思い出を語り合いました |
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【哀悼の辞】 (学校法人広島文化学園 海見俊宏 理事長) 「渡邊先生 今 銀杏の木はもう大きな実をつけており、割ってみると中に緑色の立派な実が入っておりますが?」と電話をしたのは6月下旬のことでした。 先生は「イチョウは植物には珍しく精子を持っており、夏の終わりに受精し熟していきます。」と丁寧に話して頂きました。それが先生との最後の会話となりました。その声は今でも耳の奥に残っており、目を閉じると聞こえてきます。 渡邊先生は今年5月理事を退任されました。理事会では貴重なご意見を頂き、また懇親会で楽しく談笑させていただき、これからもいろいろな機会でお会いできることを楽しみにしておりましたが、約3月後の9月23日に奥様より「主人は8月4日に亡くなりました。」とのお手紙を頂いたときは、驚きと落胆の入り混じった思いで、思わず目頭がうるんでき、先生には公私ともに親しく接していただき、いろいろな出来事が頭の中を駆け巡ぐるとともに、突然の早い訃報に接し二の句が継げない状態でありました。 渡邊先生は、広島県理科教育センター所長を最後に、広島県庁を早期退職され、昭和57年に開設した広島文化女子短期大学幼児教育学科の助教授として着任され、主に「生物学」「自然」「環境」等の科目を担当されました。 その後、昭和62年から平成7年まで学生部長を、同年から平成13年まで副学長を、そして平成13年から15年は学長として大学の要職を歴任され、広島文化学園短期大学の前身である「広島文化女子短期大学」、「広島文化短期大学」の発展に多大の貢献をされ、今日の広島文化学園短期大学をお築きいただきました。先生のご苦労に心からの感謝を申し上げるものであります。 私は昭和59年に先生と初めてお会いして以来、今日までの脳裏にありますことを少しお話しして「渡邊先生をお偲び」したいと思います。 最初に教授としてでありますが、幼児教育学科での「植物採集」の授業では学内を学生とともに歩かれるお姿をよく見かけました。学生が見つけた植物について一つ一つ、その場で丁寧に説明されるのをよく見かけました。「学生思いの優しい先生だなあ。」と思ったものです。 次に学生部長・副学長の時代ですが、広島文化短期大学志願者数の一番多いときと短大志願者の減少期に、学生部長・副学長として主に学生募集にあたられ、大変なご苦労をされました。事務室の椅子に座られ、入試手続終了時の夕刻、「今年も目標数を達成することができた。」と安堵の顔をされた表情が今でも浮かんで参ります。 さらに学長としては、平成13年夏には広島市教育委員会事業のイギリスのコベントリー市青少年代表使節団受け入れ事業に協賛され「音楽学科」との音楽交流を図られ、学長自ら出迎え、音楽交流での学生との演奏等に積極的に参加されました。コベントリー市青少年使節団は一日広島の大学生と有意義なひと時を過ごすことができ、目的である友情と相互理解を深めることができ、思い出を持って広島を立つことができたことと思います。 学長での一番の仕事は生活文化学科の改革に取り組まれ「フィールド&ユニット」制による幅広い科目が取得ができる、「コミュニティ生活学科」に改編されたことと思います平成15年度入試では多くの高校生が志願し、学長最後の入試を締めくくられました。 体調不調で学長職を引かれましたが、その後は理事として平成23年5月まで学園運営にご尽力をいただきました。 また課外では学生部長として、また平成11年と12年はバレーボール部部長として、バレー部学生の面倒もよくみられました。平成12年春 広大戦で勝てば優勝というという日は、先生は結婚式で応援できないことを残念に思っておられました。試合はフルセットとなり試合時間も長くなった時に、先生から「今どうなっているのか」との電話があり状況を説明すると飛んでこられ、ともに優勝を祝ったこともありました。 思い出の一部を申しましたが、先生にはまだまだ多くの思い出があります。たくさんの思い出を頂き感謝しております。ありがとうございました。 奥様からの手紙を頂き、早速9月27日にお悔やみに参った時に「主人はこの夏に旅行するのを楽しみにしており、汽車の出発時間まで詳細に計画し手帳に書いておりました。」と奥様がお話しされました。渡邊先生はこの旅行を楽しみにして計画されておられたことと思います。実現できず先生には心残りであったと拝察します。 最後になりますが、渡邊先生は広島文化学園短期大学、広島文化学園の発展に多大の貢献をされ、今日の広島文化学園への発展に寄与していただいたことに、改めて深く感謝申し上げるとともに、優しく慈愛に満ちた言葉と「人を大切に平等で」との精神で、公私ともに私たち学園の職員をご指導いただき、本当にありがとうございました。 広島文化学園はこれからも先生のご遺志を胸にきざみ、益々の発展に向けて努力することをお誓いいたします。どうぞ見守り下さい。 渡邊先生のご冥福を心からお祈りいたします。
(広島文化学園短期大学 岡 隆光 学長) 秋の深まりを感じる季節、故渡邊義生元学長の御霊に、広島文化学園短期大学の教職員を代表して、謹んで哀悼の言葉を申し上げます。 先生は、昭和30年広島大学理学部をご卒業後、広島県立高等学校の教諭にご着任以来、一貫して教育の道を歩んでこられました。広島県立理科教育センター所長をお勤めの後、昭和57年4月に、広島文化女子短期大学幼児教育学科に着任されました。 その後、学生部長、副学長を歴任され、平成15年3月に短期大学学長を退任されるまでの間、長きに亘って常に学生の成長と本学の発展にご尽力いただき、現在の本学の礎を築かれたご功績は高く評価されるものであります。 先生は、お忙しい中でもすすんで授業を担当され、中庭や畑に学生達を連れ出しては、実際に植物に触れること、対象をしっかりと観察することの大切さを学生達に伝授されました。また学生指導においては、ルールを守ることを求める厳しさの中にも、一方では、常に優しいまなざしをもって学生に接しておられました。先生の穏やかなお人柄が暖かい人間関係を作り、多くの卒業生が先生との繋がりを今でも大切に思っております。 また、先生には、平成13年から本学学校法人の理事の職にも就いていただき、学長退任後も本学の発展に向けた取り組みをご支援いただいておりました。今年5月に開催されました理事会の席でも元気なお姿をお見受けしておりましただけに、私どもは驚きと深い悲しみを覚えております。 本日の渡邊義生元学長を偲ぶ会に当たり、短期大学の教職員を代表して衷心より哀悼の意を表しますとともに、これからも先生の歩まれた足跡を大切にし、学生の心身共に健やかな成長と本学の更なる進展に、教職員共々力を尽くして参りますことをお誓い申し上げまして、私の哀悼の言葉といたします。
(カナリヤ会 大上みき 会長) 同窓会を代表して、お別れの言葉を述べさせていただきます。 渡邊先生、今年も同窓会の日がやって参りました。近年はなかなか出席できずご無沙汰しておりましたが、毎年案内をいただく度に、いつかは先生にお会いし、お話をさせていただくことを楽しみにしておりました。しかし、今年からは先生にお会いすることができません。先生の突然の訃報に驚き、深い悲しみでいっぱいです。 私たちが先生にお教えを受けたのは、もう30年近く前になります。幼児教育学科の第1期生として入学した私たちは、何もかも新しい環境の中で勉強させていただきました。渡邊先生の生物学で、5号館横の空き地を授業で使うため、先生と私たちで耕して畑を作りましたね。でもその作業もおしゃべりばかりして手が進まない私たちは先生をいつも悩ませていたものです。それに空き時間をみつけては、よく“悩み相談”と称して生物室に行きおしゃべりに付き合ってもらい、先生の貴重な時間を拝借していました。先生は穏やかな笑顔で、いつも枝葉をいっぱい広げた大木のように私たちを見守り包み込んでくださいました。 これからはもう先生に話を聞いてもらうことや、あのやさしい笑顔を見ることはできませんが、先生との思い出や教えていただいたことは、私たちの心の中に生き続けています。 それから渡邊先生、今日この日に同窓生が集えたのも先生がみんなとの縁をしっかりつないでくださったのでしょうね。渡邊先生、本当にありがとうございました。心より先生のご冥福をお祈りし、惜別の言葉といたします。 |
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